青春とは?

 
悲報画像データが飛んでしまって過去の画像は表示されなくなったンゴ・・・。ワイのスタイル画像とかはインスタで見てクレメンス。 @manabe_rtarou
     

青春。

皆様には青春と呼ばれる時がありましたか?


ワイ
んーっ。ワイの青春はいつやろ。まだ、青春真っ只中や!

とは言えない。

僕が青春を感じる時、思い出す時がある。

僕は美容専門学校の学生時代を

東京 代々木

で過ごした。

右も左もわからずファッション誌を開き原宿、渋谷を闊歩した。18歳で上京し30歳まで過ごした東京。

その中でも、学生時代を過ごした

代々木

僕の行っていた専門学校、代ゼミ、代アニと学生だらけの街だ。

僕は毎朝、新宿から代々木まで歩いていた。貧乏学生。新宿からJRに乗り換えの一駅を節約していた。

新宿サザンテラスを毎日2年間歩いた。

ウイッグを何個もカバンに詰めて持ち帰る日々。満員電車が嫌いでめちゃくちゃ早く学校に通う日々。

その時のことを1番思い出すのがやはり

当時通っていた店のことだ。

僕の行っていた学校は通常は

午前中実習なら午後は学科その逆かという感じだった。お昼の一時間。若いし腹は減る。

2年間の僕の胃袋を満たしてくれていた店。


お肉屋さんがお惣菜(揚げ物)を販売していてそれをお昼にほぼ毎日食べた。

価格は最早キヲクの片隅だが…。

メンチカツ、ハムカツが80円だったかな。唐揚げが4個で120円。チキンカツが100円。

くらい。とりあえず300円もあればお腹はち切れまくりだ。それに自分で炊いた米をタッパーにいれて持参していた。

今考えるととてもジャンクで今ならソッコー胃をやられるであろう揚げ物達だった。

お母さんとお兄ちゃんが二人でやっていて僕らはそう呼んでいた。

『おソースはどうする?』

ワイ
かけてクレメンス。

そんな会話とほぼ毎日きて毎日同じもんばっか食べていたから

『メンチとチキン?』

ワイ
あっ。おなしゃす。

みたいな感じだった。

現在は


2年前に代々木に行ったらマンションになっていた。これも時代なんかな。

学生も減ったし建物も老朽化したしもしかしたらお母さんが引退なのか。

学生時代、僕の胃袋と心まで癒してくれた懐かしの肉屋。

なぜ?この記事を書いたか?


四年前に顔本にあげていたからだ。

こういう時SNSって凄いよな。僕の青春。

また東京行ったら代々木を歩こう。

これからの季節、桜も多いしオススメですよ。

ノシ

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この記事の著者

真鍋遼太郎

名前:真鍋遼太郎 職業:美容師 東京で美容師を始め13年、活躍後拠点を大阪へ。カラーリング知識・ヘアケア知識を駆使しブログ・各種SNSを使いこなす。リアルは意外と普通とWEBを見てきてくださる方には言われるネット弁慶。
現在はミルボン オルディーブ アディクシーを軸にブログを配信

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